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櫻井神社
(サクライジンジャ)
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尼崎城主だった櫻井松平家が御祭神、日本赤十字社の設立に尽力
【病気平癒】【芸能武芸上達】

 明治15年(1882)、尼崎城の西三の丸南方跡に櫻井松平の歴代城主をまつるために建立されました。
御祭神は、櫻井松平信定(さくらいまつだいら のぶさだ)公より十六代、櫻井忠興(ただおき)公まで十六柱を祀り、昭和36年の国道43号線の敷設により現在地の西三の丸中央跡に遷座しました。
 代々の城主は、文学・芸能にすぐれ、中でも尼崎城三代目城主の忠告(ただつぐ)公は「亀文(きぶん)」と号して多くの句を詠み、境内の石柱(外堀の橋の石杭の一部)に、次の一句が刻まれています。
『まづ霞む 竈々(かまどかまど)や民の春 亀文』
 尼崎城最後の藩主、櫻井忠興公は、西南戦争(1877年)が始まり、日毎に戦傷者が増えた上、コレラが蔓延している惨状を聞き及び、有志救護団体「博愛社」を結成。医師や看護師を派遣するだけでなく、自らも戦地へ赴き、敵味方の区別なく戦傷者を看護し、博愛の精神を多いに発揮し、この功績が明治政府や世界赤十字社に認められ、日本赤十字社の誕生を見るに至りました。この博愛の精神が尼崎市民にも引き継がれ、明治23年(1890)、神社境内に尼崎最初の幼稚園(現在の博愛幼稚園)が誕生。今も博愛地蔵が子どもの成長を見守ります。また、学問向上にも尽力し、尼崎最初の学校(元 開明小学校)も設立しました。
 境内には元和9年(1623)築城時の尼崎城天守の棟瓦や外堀に掛っていた橋の石杭、礎石が残っています。
《おみくじ・お守りあり》

櫻井神社

ジャンル 文化>神社・寺院>神社
エリア 阪神尼崎・出屋敷
最寄駅 阪神尼崎
住所 兵庫県尼崎市南城内116-11
電話番号 06-6401-6643
駐車場 なし

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